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天下分け目の「関ケ原」

1600年(慶長5年)、日本最大の戦と言われる関ケ原の戦いが勃発します。東軍と西軍が雌雄を決した関ケ原の地は、まさに歴史に名を刻む「天下分け目」の地といえます。

かつての大戦から400年余り、数々の英雄と多くのドラマを生んだこの地が、今、「天下分け目の関ケ原」として甦ります。

A fateful conflict known as the “Battle of Sekigahara“ took place in the year 1600. Now, the Sekigahara of this fateful battle has been brought back to life here.

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誰が天下を取った? 関ケ原 天下取り 関ヶ原 天下分け目の「関ケ原」

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参加累計人数

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関ケ原合戦図屏風
六曲一隻 江戸後期頃 関ケ原町歴史民俗資料館所蔵

関ケ原合戦図屏風は慶長5年(1600)に行われた「関ケ原の戦い」の様子を描いた屏風です。
この屏風では関ケ原を舞台とした東軍と西軍の合戦を描いており、その躍動感にあふれた描写は見るものを圧倒させます。また、細かい人物描写からは様々な武将たちの活躍を伺うことができます。これらは当時流布していた軍記や逸話をもとにして描かれています。
関ケ原合戦図屏風は各地に残されていますが、各屏風で描写が異なります。この関ケ原町歴史民俗資料館所蔵の屏風は彦根城博物館所蔵の屏風と同一の系統と考えられ、井伊家家臣団の描写に改変が加えられているのが特徴です。これは、合戦図を描くにあたり、井伊家の活躍を強調させるために、井伊家に近い人物が改変を加えたものと考えられています。
日本の歴史を左右した「天下取り」の地とその合戦を描いた、まさに「天下取り」を象徴する合戦図屏風といえるでしょう。
The Sekigahara Kassenzu Byobu is a folding screen with a painting that depicts the violent Battle of Sekigahara, which took place in the year 1600. It is also notable for depicting people on the basis of episodes that were popular at the time.

This folding screen, which is curated here at the Sekigahara Town History & Folklore Museum, is distinctive due to changes made to depictions of the Ii clan in order to accentuate the Ii clan’s activities.

This folding screen, which depicts the Battle of Sekigahara, is very much a work of art that symbolizes the governance of Japan.

Enjoy the Battle みんなで参戦

~関ケ原合戦図屏風に自分の顔が出ます!~

関ケ原合戦図屏風に参戦してみませんか?
アプリを使って、顔写真を撮影して、参戦することができます!

Wouldn't you like to participate in the Battle of Sekigahara on the folding screen?
Take a selfie and be in the fateful conflict “Battle of Sekigahara“ by using an app!

関ケ原 天下取り 関ヶ原 天下分け目の「関ケ原」みんなで屏風 -参戦方法-

[参戦方法]
Participation

アプリ「関ケ原観光Navi」を使って、“参戦する”ボタンをタップして、顔写真を撮影します。

Tap the "Participation" button and take a selfie by using app "Sekigahara travel Navi".

関ケ原 天下取り 関ヶ原 天下分け目の「関ケ原」みんなで屏風 -確認方法-

[確認方法]
Confirmation

参戦後、アプリ内の「合戦図屏風を見る」ボタンをタップして、自分がどこにいるのか探してみよう!

Tap the confirmation button in the app and find out where you are in the folding screen!

※ご自分の顔写真を撮影した後、関ケ原観光Naviアプリの「合戦図屏風を見る」ページで確認ができます。
※みんなで参戦!関ケ原合戦図屏風は順番に参戦しておりますので、撮影後にすぐに参戦できない場合があります。

※After taking a selfie picture, you can confirm your face from the "See Folding screen" page in the app "Sekigahara travel Navi".
※It can take some time to confirm your picture when there is a large amount of people participating.

アプリダウンロードはこちらから / Download from here

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Tenkatori 天下取り

~2度にわたり日本の行く末を左右した関ケ原~

関ケ原町は現在の岐阜県不破郡に位置しています。伊吹山の南東麓に広がるこの地は古来より不破の関が置かれ、東と西を結ぶ軍事と交通の要衝でした。
672年(天武天皇元年)に起こった壬申の乱では大海人皇子が「不破の道」を塞ぎ、この地で大海人軍と大友軍が戦いを繰り広げました。結果、大海人皇子が勝利し、天武天皇として国を治めます。
そして、1600年(慶長5年)石田三成率いる「西軍」と、徳川家康率いる「東軍」が関ケ原で激突します。この壮絶な戦いは「関ケ原合戦図屏風」にも描かれ、長く後世に語り継がれています。
古代では天皇を、戦国の世では天下人を生み、2度にわたり日本の行く末を左右した関ケ原は、まさに「天下分け目」の地といえるのです。

The town of Sekigahara, located in Fuwa District, Gifu Prefecture, was a strategic location for military and transportation in ancient times. Emperor Temmu won the “Jinshin War“ here in 672 and took control of the country. Then in 1600, “the Battle of Sekigahara“ took place. Following the battle, Tokugawa Ieyasu, commander-in-chief of the victorious Eastern Army, established the Edo shogunate. Without a doubt, Sekigahara could be considered a fateful location in historical terms, since two battles that guided the history of Japan took place here.

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